TOURあいのわ

あいのわで日本武道館が囲まれた日1966年6月30日のビートルズ来日公演以来、実にさまざまなミュージシャンのライヴが行なわれてきた日本武道館。昨今は日本武道館でライヴを行なうこと自体、さほど珍しいことではなくなってきたのかもしれないけれど、それでも、この会場には、一種独特な"重み"のようなものが息づいている。日本エンタテインメント・シーンの成長を長きにわたり見守り続けてきた由緒正しきこの会場で、ハナレグミは一体どんなステージを見せてくれるのか。ちなみに、この日、会場の正面入り口にはハナレグミ=永積 崇本人の手書きとおぼしき本公演のタイトル看板が大胆に掲げられていた。
〈ハナレグミ TOURあいのわ 「タカシにはその器はないんじゃないかしら・・・」と母は言ったのであった。〉
大胆なのに、どこか不安げ。ビミョーに崩れ気味な毛筆風の書体からは、武道館公演を目前に控える永積の恍惚と不安がひしひしと伝わってくるようだった──。

場内に歩を進めると、ステージ上には様々な模様を施された布が何枚も敷き詰められ、会場後方から眺めると、布に施された複数の模様がひとつの大きな模様を形成しているようで、それはあたかも、アフリカかどこかのファンキーな共和国の国旗のようだった。ステージ後方には数段に積み重ねられたカラフルな木箱が大地に根を張るバオバブの木のように存在感たっぷりにセットされており、そこからは枝を思わせる無数のフリンジが天井に向けて縦横無尽に伸びている。アルバム『あいのわ』の世界観を見事にビジュアライズしたステージ上の光景を眺めていると、やがて客電が落ち、まさに"共和国"の首長を思わせる、ド派手な衣装に身を包んだ永積が登場。大きな歓声が鳴り響く中、アコースティック・ギターを持ち、独りマイクに向かう。ぽつりぽつりと囁くような歌声で永積が歌い始めると、それまでのざわめきが嘘のように、すーっと会場が静まっていく。オープニング・ナンバーは永積がここ最近フェイヴァリットとして挙げているナイジェリア出身の女性シンガー、Asa(アシャ)の日本語カヴァー「360°」。〈♪悲鳴を上げて掴み取れ/フレーズ/君のフレーズ〉。とつとつと爪弾かれるギターの音色に乗せて心に湧きあがる熱い想いを伝える、静かな熱気に満ち溢れたアコースティック・ソウルだ。曲が進むにつれ、一人、また一人とミュージシャンがステージ上に登場し、さりげなく演奏に加わっていく。この日のバンド・メンバーは石井マサユキ(G)、皆川真人(Key)、曽我大穂(B.Harp etc.)、真船勝博(B)、楠均(D)といった顔ぶれだ。そのままバンドは、おもむろにジャム・バンド風のサイケデリックな演奏を展開。遠くから聞こえてくる汽笛のような大穂のブルース・ハープが途切れると、靄(もや)のようなバンドの残響音を振り払うがごとき永積の力強いカウントから2曲目「あいのわ」に突入! 躍動感に満ち溢れたギター・フレーズが爽快に響くと、夜明けを思わせるブルー・ライトがパッと切り替わり、まばゆいばかりの光がステージを燦燦と照らしだす。永積は、おなじみのオープン・スタンスでギターを構え、大地を一歩一歩踏みしめるような力強いリズムに乗せて伸びやかな歌声を会場全体に響き渡らせる。そして「ようこそ!」という挨拶に続き、この日、最初のスペシャル・ゲスト、スカパラ・ホーンズをフィーチャーした「愛にメロディ」を披露。軽快なスカのリズムにオーディエンスも最高の笑顔とタテ乗りのステップで応える。「音タイム」を会場全体で合唱する頃には、永積も自らのペースをすっかり掴んだ様子。ギターの弾き語りで歌われた「PEOPLE GET READY」では、一瞬、自分が武道館にいることを忘れるくらい、ステージと客席との距離感がぐっと縮まったような気がした。